ジョコビッチが男子テニス史上最高選手である理由(好き嫌いは別として)

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あれこそはテニスの歴史で最高のショットだと呼ぶ者もいる。

2011年9月、全米オープンの準決勝だった。2年連続でロジャー・フェデラーはノバク・ジョコビッチと対戦し、2年連続で2つのマッチポイントを手にした。決勝戦にはラファエル・ナダルが待ち構えていた。

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スイスの英雄フェデラーがゲームカウント5-3、ポイントは40-15でリードしていた。観客席はざわつき、フェデラー対ナダルの名勝負がまたしても実現することを誰もが願っていた。ジョコビッチは辺りを見回し、そのざわめきに対して残念そうに頷き、そして静かにベースラインに立った。フェデラーが時速174kmの強烈なサーブを放つと、ジョコビッチは完璧なフォアハンドのリターンエースを決めた。フェデラーは一歩も動けなかった。

ジョン・マッケンローはそれを「史上最高のショットのひとつ」と呼んだ。その試合に敗れ、前年の2010年と同じ結果となったフェデラーは、あのショットは「ラッキー」だったと呼び、その見解には同意しなかった。当のジョコビッチは「僕はマッチポイントのときにあれを狙う。よく決まるよ」と言った。

12年前の全米オープンにおけるフォアハンドは、2023年のウィンブルドンとは何も関係はない。しかし、それはすべてを語っている。

準決勝のフェデラー戦、そして決勝でのナダル戦はジョコビッチのキャリア初期における最高の12か月を彩った。それ以前の6年間で決勝戦に3回しか到達していなかった選手が、2011年は4大大会のうち3つを制したのだ。

唯一の敗戦は全仏オープン準決勝でフェデラーから喫したものだった。その後の12年間で、ジョコビッチは19回のグランドスラム優勝をはたした。直近は今年の全仏オープンである。ウィンブルドンに臨むジョコビッチはここまで4大大会シングルスで23回の優勝を積み重ねてきた。男子では歴代1位の記録である。

フェデラー戦でのあのショットはそのすべてを予見させたものだった。ショット後にジョコビッチが取った反応もそのひとつだ。観客に向かって両手を上げ、自身を誇示し、けっして観客を楽しませようとはしなかった。

ファンはそういったジョコビッチを好まなかった。現在でもそうである。しかし冷厳たる数字は嘘をつかない。ノバク・ジョコビッチは男子テニス史上最高の選手として2023年のウィンブルドン大会に臨む。

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男子テニス4大大会最多優勝回数

ジョコビッチは今年の全仏オープン決勝戦でキャスパー・ルードを7-6(7-1)、6-3、7-5で破り、テニス4大大会(全豪オープン、ウィンブルドン、全米オープン、そして全仏オープン)23度目の優勝を飾った。この優勝回数は男子テニス選手としては史上最多であり、女子テニス界のレジェンド、マーガレット・コートの持つ記録よりひとつだけ少ない。

ナダルの4大大会優勝回数は22、フェデラーは20である。 近代テニスの「ビッグスリー」以前では、ピート・サンプラスの14が最も近い。

ジョコビッチの4大大会初優勝は2008年の全豪オープンだ。決勝戦でジョー=ウィルフリード・ツォンガに勝利した。2007年の全米オープン決勝ではフェデラーに敗れ、2010年の同大会決勝ではナダルに敗れた。プロ転向後最初の6年間で4大大会の決勝戦に進出したのはその3回だけだった。

それ以来、ジョコビッチは出場した50大会のうち、22大会を制している。

男子テニス4大大会最多優勝回数

選手 4大大会
優勝回数
ノバク・ジョコビッチ 23
ラファエル・ナダル 22
ロジャー・フェデラー 20
ピート・サンプラス 14
ロイ・エマーソン 12
ロッド・レーバー 11
ビョルン・ボルグ 11
ビル・チルデン 10
ジミー・コナーズ 8
フレッド・ペリー 8
アンドレ・アガシ 8
イワン・レンドル 8
ケン・ローズウォール 8

*太字は現役選手

ジョコビッチは全豪大会を10回優勝している。これは最多記録である。全仏オープンを3回、全米オープンは3回、そしてウィンブルドンは7回、それぞれのタイトルを獲得している。4大大会のすべてで3回以上の優勝回数は男子選手では史上唯一である。決勝戦進出は34回を数え、そのうち2年連続で3大会、そしてすべての大会で7回以上、これらもすべて最多記録である。

ジョコビッチは20代と30代の両方ですべての4大大会で優勝したことがある史上唯一の男子選手だ。そして、オープン化以降、4大大会すべてを連続で制したのはロッド・レーバーとジョコビッチだけである。

ジョコビッチが唯一達成していないものは同年グランドスラム優勝である。同じ年の4大大会すべてを優勝するという偉業は1969年のレーバー以来、誰も達成したことがない。ジョコビッチは2021年にはあと一歩のところまで肉薄した。全豪オープン、全仏オープン、そしてウィンブルドンで連続優勝したものの、全米オープン決勝でダニール・メドベージェフに敗れた。2023年は達成するチャンスが残っている。

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ジョコビッチの対ナダル及び対フェデラー直接対戦成績

どのスポーツでもそうだが、異なる時代のテニス選手を比較することは難しい。木製のスティックを使った優雅なビクトリア王朝の遊戯であった時代とチタン製のラケットをアスリートが振り回す時代まで、このスポーツは大きく進化している。そのため、だれが史上最高の選手であるかの議論そのものが成り立たない。

それでも、現代の「ビッグスリー」、つまりジョコビッチ、フェデラー、そしてナダルの3人が男子テニス史上最高峰を形成していることは多くが認めるところだ。従って、この3人の直接対戦成績を比較することには意味があるが、ここでもジョコビッチが頭一つ抜き出ている。

2022年全仏オープン準々決勝でナダルはジョコビッチから勝利を挙げた。20年近く続いているライバル関係にあるふたりの直近の試合である。ナダルが故障に悩まされている今、あるいは彼らの最後の直接対戦になるかもしれない。

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もしそうなれば、ジョコビッチはナダルとの直接対戦成績を優位で終わることになる。これまでにツアーレベルで実現した59試合で30勝を挙げているからだ。はじめナダルが14勝4敗でリードしていた。転換点となったのは2009年のシンシナティ・マスターズで、ジョコビッチが6-1、6-4で勝利した試合だ。それ以降、ジョコビッチはナダルから4敗しかしていない。それらはすべてナダルが得意とするクレイコートでの試合だ。ジョコビッチがクレイコートを苦手としているということではない。全仏オープンでナダルを2度以上破ったことがある選手はジョコビッチしかいないのだ。

ジョコビッチはフェデラーとは50試合を戦い、27勝23敗の戦績で勝ち越している。ここでもジョコビッチは初期の劣勢から逆転している。2011年全豪オープンまではフェデラーが13勝6敗でリードしていた。この大会でジョコビッチはストレートセットでフェデラーを下し、優勝を勝ち取った。それ以降の直接対戦ではジョコビッチの21勝10敗である。その31試合にはウィンブルドン大会決勝戦が3つ含まれている。同大会8度の優勝を誇るフェデラーは最後の直接対戦8試合で2勝しかできず、2022年に引退した。

ジョコビッチ、ナダル、フェデラーの直接対戦通算勝敗

選手1 勝敗 選手2
ノバク・ジョコビッチ 30-29 ラファエル・ナダル
ノバク・ジョコビッチ 27-23 ロジャー・フェデラー
ラファエル・ナダル 24-16 ロジャー・フェデラー

ジョコビッチ、ナダル、フェデラーの4大大会における直接対戦通算勝敗

選手1 勝敗 選手2
ノバク・ジョコビッチ 7-11 ラファエル・ナダル
ノバク・ジョコビッチ 11-6 ロジャー・フェデラー
ラファエル・ナダル 10-4 ロジャー・フェデラー

 ジョコビッチ、ナダル、フェデラーの対「ビッグスリー」戦通算勝利数

選手 勝利数
ノバク・ジョコビッチ 57
ラファエル・ナダル 53
ロジャー・フェデラー 39

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ATPツアー・マスターズ1000最多優勝回数:ジョコビッチの「ゴールデン・マスターズ」

ATPツアー・マスターズ1000は4大大会に次いで権威のあるテニス大会の総称である。全部で9つの大会がある。カナダのナショナル・バンク・オープン(ハードコート)、イタリアのBNLイタリア国際(クレーコート)、アメリカ・インディアンウェルズのBNPパリバ・オープン(ハードコート)、アメリカ・マイアミのマイアミ・オープン(ハードコート)、フランスのモンテカルロ・マスターズ(クレーコート)、スペインのムチュア・マドリード・オープン(クレーコート)、アメリカ・シンシナティのウエスタン・アンド・サザン・オープン(ハードコート)、中国の上海マスターズ(ハードコート)、そしてフランスのパリ・マスターズ(屋内ハードコート)である。

この大会シリーズが誕生したのは1990年のことだ。「ビッグスリー」が歴代優勝者のほとんどを占めていることは不思議ではない。2023年7月現在、ジョコビッチは男子選手最多である38回のシングルス優勝をはたしている。ナダルは36回、フェデラーは28回だ。それに次ぐのはアンドレ・アガシの17回である。

ATPツアー・マスターズ1000最多優勝回数

優勝
回数
選手 優勝した
大会
38 ノバク・ジョコビッチ 9/9
36 ラファエル・ナダル 7/9
28 ロジャー・フェデラー 7/9
17 アンドレ・アガシ 7/9
14 アンディ・マリー 7/9
11 ピート・サンプラス 5/9
8 トーマス・ムスタ 4/9
7 マイケル・チャン 4/9
6 ダニール・メドベージェフ 6/9

*太字は現役選手

ノバク・ジョコビッチは9つのATPツアー・マスターズ1000大会すべてで優勝経験がある唯一の選手である。その偉業は『ゴールデン・マスターズ』と呼ばれる。そしてジョコビッチはそれを2回やってのけている。

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世界ランク1位最長在位記録とATPファイナルズ

2021年3月、ジョコビッチは男子テニスの世界ランク1位に在位した週の最長記録を更新した。半世紀に渡るATPランキングにおいて、1位に君臨した週が311回に到達したのだ。それ以前の記録を保持していたのはフェデラーだった。

2023年7月現在、ジョコビッチの記録は389週にまで伸びている。No.1にランクされたことがある年は12年に及ぶ。2桁の数字を持つ選手はほかにだれもいない。

ジョコビッチは年間No.1選手にも7回ランクされている。これも最多記録だ。

男子テニス世界ランク1位最長在位記録

No. 選手 No.1ランク
在位週
1. ノバク・ジョコビッチ 389
2. ロジャー・フェデラー 310
3. ピート・サンプラス 286
4. イワン・レンドル 270
5. ジミー・コナーズ 268
6. ラファエル・ナダル 209

*太字は現役選手

ジョコビッチはシーズンの終盤に強い。シーズンの最後を飾るATPファイナルズには15回出場している。この記録を上回っているのはフェデラー(17回)だけだ。タイトル数では両者とも6個で並んでいる。ナダルはこの大会では一度も優勝したことがない。

ジョコビッチは2015年に史上最長の4連覇を達成した。その翌年の全豪オープンと全仏オープンも制し、4大大会すべてとATPファイナルズを連覇した男子テニス史上初の選手になった。

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ジョコビッチに残されたものとは

キャリア終盤で本格的なダブルス選手に転向する以外に、ジョコビッチがテニスでやり残したことは少ない。それでも、ひとつかふたつかは目標になるものがあるかもしれない。

そのひとつは来年パリで行われるオリンピックだ。ジョコビッチは2008年に銅メダルを獲得した。それがオリンピックにおいては最高の結果だ。2008年にナダル、2012年にはアンディ・マーリーと、それぞれの大会で金メダルを獲得した選手に敗れた。2016年には1回戦でフアン・マルティン・デル・ポトロに敗れるという波乱もあった。

ジョコビッチは世界ランクトップ10及びトップ5の対戦相手から挙げた勝利数でも史上最多の記録を持っている。しかし、キャリア通算勝利数の分野ではまだ上がいる。あと10勝でナダルとイワン・レンドルが持つ1068勝に到達するが、フェデラー(1251勝)や最多記録保持者のジミー・コナーズ (1274勝)に近づくまでには、あと何年も現役を続ける必要がある。少なくとも、ジョコビッチのキャリア勝率83.4%は史上最高である。

Roger Federer Australian Open 2017
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ジョコビッチに残された最大の目標はオープン化以降最多キャリア通算優勝回数でコナーズとフェデラーに追いつくことだろう。36歳になった現在、ジョコビッチは94回でレンドルと並び3位である。2位のフェデラーが103回、1位に君臨するコナーズは109回だ。

2020年初めからこれまでにジョコビッチは17回のツアー大会優勝をはたしている。このペースを40歳になるまで保つことができれば、コナーズの記録を追い抜くことになる。おそらくはそうなるのではないだろうか。

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なぜノバク・ジョコビッチは人気がないのか

全米大会でフェデラーに対して放った歴史的なショットの後で見せたジョコビッチの反応はおよそ横柄なものだった。少なくとも21世紀初頭を代表する偉大な選手への敬意に欠け、ファンの気持ちを逆撫でするものだった。

ある意味では、ジョコビッチはそれ以来ずっと嫌われ者であり続けている。

その輝かしくそして長期にわたる戦績にもかかわらず、ジョコビッチはテニス界で人気選手であったことはない。もちろん、熱心なファンはいる。しかし、どれだけ勝利を積み重ねてきても、フェデラーやナダルのような世界的な尊敬を集めたことはない。

その理由はフェデラーとナダルの存在そのものかもしれない。このふたりの初期のライバル関係は近代テニスを次のレベルにまで引き上げた。あの忘れがたい2008年のウィンブルドン大会決勝戦はテニス史上最高の決勝戦だと考えられている。ジョコビッチが本格的にテニス界のトップ争いに台頭してきたのは2011年だが、その頃のファンはフェデラーとナダルのライバル関係に心を奪われていた。そこに成り上がり者が入り込むことは歓迎されなかったのだ。

Novak Djokovic
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もちろん、ジョコビッチ自身にも問題があった。民間医療に傾倒し、強い感情をむき出しにする姿は、多くの人に迷信に支配されているように見られた。新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否したことで、全豪オープンに出場できなかったこともあった。入国プロトコルに違反したという理由でメルボルンから強制退去させられたのだ。

昨年の全米オープンも同じ理由で欠場した。ヨーロッパがパンデミック初期のロックダウン体制下にあった2020年にベオグラードとザダルでエキシビション大会を主催した後のことだった。昨年のウィンブルドン決勝戦でジョコビッチに敗れたニック・キリオスはそのことを「馬鹿げている」と批判した。

ジョコビッチはしばしばコート上での態度でも批判の的になる。試合中に調子が悪くなると、故意にトイレ休憩を長く取り、対戦相手のリズムを乱そうとする作戦もそのひとつだ。トイレ休憩の時間を戦術に利用する選手はジョコビッチひとりというわけではないのだが。

観客がジョコビッチの対戦相手を大声で応援することや、あるいはジョコビッチの好プレイを殊更に無視することは、これまでにも多く見られてきた。勝利の後でスタジアムの四隅に向かって礼をするジョコビッチの儀式はいつも温かく迎えられるわけではない。

2020年の全米オープンでのエピソードはとくに悪名高い。4回戦でパブロ・カレーニョ・ブスタとの対戦中、怒りに任せて打ったボールが線審に当たり、失格となったのだ。ジョコビッチは故意ではなかったと謝罪し、この事故は永遠に忘れられないと述べた。

今年の全仏オープン2回戦でマートン・フチョビッチに勝利した後、ジョコビッチはコート脇のカメラ・レンズに「コソボはセルビアの故郷だ。暴力を止めよう」と書き込んだ。

ジョコビッチの父が生まれたコソボは2008年にセルビアからの独立を宣言した。しかし、セルビア人の多くはこの15年前の宣言を承認しておらず、当地域は政治的緊張が続き、不安定な状態に陥っている。

ジョコビッチはコソボのテニス協会会長とフランスのスポーツ相アメリ・ウデア=カステラ氏から批判を受け、次のように答えた。

「私の立場は明確です。私は戦争、暴力、そしていかなる対立にも反対であることを、いつも公式に発言してきました。私はすべての人々を支持します。しかし、コソボの状況は国際法の前例となるものです」

ジョコビッチはウィンブルドンでフェデラー、ナダル、そして地元人気選手たちのような歓迎を受けることはなかったが、結局のところ、それは大きな違いを生み出してはいない。センターコートはこのディフェンディング・チャンピオンを迎え入れる。7月3日(日本時間4日)、ジョコビッチは1回戦で大会初出場のペドロ・カチン(アルゼンチン)と対戦する(訳者注:ジョコビッチが6-3、6-3、7-6でストレート勝ち)。

カチンはあまりツイッターを使わないが、1月25日にジョコビッチがステファノス・チチパスに勝利して10度目の全豪オープン優勝を達成したときに、次のようにツイートした。

「テニスをしているのは彼だけではない。私たちがプレイしているのだ。忘れないように」

原文: Undesirable No.1: Why Novak Djokovic is the GOAT of men's tennis, whether you like it or not
翻訳:角谷剛

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Joe is a sub-editor for Sporting News UK.
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